給料の良い会社に入って、たくさん稼いで、
マイホーム買って、周りと同じような生活レベルで生きる。

それが「幸せ」なんだから。

幸せそうなホームドラマを観ては、
私も「そうならないといけない」と思っていました。

給料の良い大企業に就職することが「神」なのか


だから、私は、大企業に就職することが「一番」だと思って、
大学卒業後、日本人なら誰もが知る会社に就職しました。

私は、「これで幸せになれるんだ」
そう信じていました。

でも、入社して、バラ色の日々が待っていると思っていたのですが、
実際には、「毎日が、つまらない」

振り落されてなるものかと必死で食らいつく


それでも、私の周囲の人からは、
「ハピちゃんは、良いとこに就職してスゴイわね」

そういう風に見られると、やっぱ私のやっていることは正しいんだ。

そして、毎月クレジットカードで、恐ろしい程の買い物をした
請求書を見ては、仕事を辞めるわけにはいかない。

どんなに、仕事がつまらなくても、辛くても
私は、このレールから外れたら生きていくことなど出来ない。
そう信じていました。

そもそも生活レベルが高くないといけないは「幻想」


でもね、結婚して、家計を小さくする努力をして、
使っていないモノを捨て、建築士としての仕事を手放し、
色んな常識を手放した今、私は、「社会に刷り込まれた常識」
執着していたんだと思うようになりました。

自分より「周囲の目」の方が大切で、
生活レベルの高い生活をすることが「幸せ」なんだと思っていたんだ。

見栄を張ることを止めたら「楽」になる


でもね、仕事を手放し、使っていないモノを手放し、
社会の常識を手放して、今まで必死になって守ってきた
「見栄」を手放したらね、すごく「楽」になったんです。

ギュッと握りしめていた手を緩めてみると、
「なんだ、手放しても大丈夫なんだ」
やっと分かりました。

そしてね、見栄を張って「こうじゃないといけない」って
思っていた生活レベルを下げるとね、
お金を稼ぐ必要性が少なくなるんです。

あんなに、お金を稼ぐことに執着していたけれど、
生きていくのに沢山のお金が必要ないって、
こんなに精神的に楽になるもんなんだ。

たくさん稼がなくても良いって、
選択肢が、一気に増えるんです。

それが、物凄く自由で、気軽なんです。

毎月、お金に追い回されないで、
好きなことで、「お金を稼いでいこう」
だって、そんなに沢山のお金は必要ないからね。

私は、そういう風に思えるようになって、
とても幸せものだなと思います。


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