息子のプリント問題と、私が「やらない」を選んだ理由

幸せな生き方

息子のプリント問題。
今、我が家でじわじわ続いているテーマです。

小学生のころは、
ランドセルの中からプリントを出して、
水筒も出して、
朝になったらまた水筒を入れて、
提出物も確認して。

気づけば、全部、私がやっていました。

でもそれは、
ただ「やってあげたい」からだけじゃなくて、
私自身が、小学生のころから全部自分でやってきた人だったからだと思います。

誰かが確認してくれるとか、
一緒に見てくれるとか、
そういう記憶がほとんどなくて、
「自分のことは自分でやるもの」だと思って育ってきました。

だから、
やってあげることにも、
やらないことにも、
心のどこかが揺れる。

中学生になって、
教科書の量も増えて、
プリントも一気に増えて、
さすがに全部は見きれなくなって、
「もう管理は本人に任せよう」と思いました。

でも、現実はなかなか厳しくて。

プリントはぐちゃぐちゃ。
どこに何があるのか分からない。
声をかけても、なかなか動かない。

正直に言うと、
プリントそのものより、息子を動かすことのほうが、ずっと大変でした。

ゲームやスマホをしているところに声をかけて、
反応がなくて、
もう一度言って、
ため息が出る。

そのやりとりが、
私にはかなりの負担でした。

「それなら、私がやったほうが早い」
そう思ったことも、何度もあります。

でも、それをやり続けたら、
また全部、私の役割に戻ってしまう。
そして、きっと私が一番疲れてしまう。

だから今回、
息子のプリントのことは、
旦那にお願いしました。

逃げたわけでも、
放り出したわけでもなくて、
「これは私がやると、しんどくなる」
それが、はっきり分かったからです。

全部を一人で抱えなくていい。
役割を分けてもいい。
頼ってもいい。

今は、そう思っています。

私は、
小学生のころの私みたいに、
一人で全部やらなくていい。

そして、
母親だからって、
全部を背負わなくてもいい。

そうやって、
自分が壊れない選択を、
これからもしていきたいと思います。

今日も、試行錯誤。
でも、前より少し、呼吸が楽です。