天国みたいな日本という国で、死んだように暮らしたくない。

幸せな生き方

私は、日本という国は素晴らしいと思います。

食べるものが沢山あって、安全で、四季があって、

緑があって、親切で優しい人が沢山います。

よその国も、すごく発展してきて素晴らしいけれど、

やっぱり日本という国は、ほんとは天国みたいな国です。

なのに、ちょっと前までの私は、

生きているんだけど、死んだように生きていました。

仕事の昼休みの時に、車で自宅に帰ったきたとき、

自宅の団地の原っぱは、心地よい暖かな日差しが

降り注いで、木々が揺れて、チュンチュンと鳥たちが

たわむれていました。

その光景は、「幸福」という言葉がピッタリなのに、

どうして私の心は、こんなにも、くすんでいるのだろう。

「こうじゃないといけない」という呪縛から

逃げられるはずがない。

でも、そこでハッと気づきました。

どうして、私は、「こうじゃないといけない」と、

かたくなに思っているのだろうと。

そこには、「世間体」と「安定」と「お金」に執着する

自分がいるんだと思いました。

そのために、毎月の収支を改善させること、

できるだけ支出を小さくする努力。

そして、できるだけ収入が多くなる努力。

この積み重ねは、塵も積もれば山となります。

最初は、数百円にも満たない差でしかありませんが、

せっかく、この世に生まれてきたのだから、

残りの人生、自分がやりたいようにやって生きていきたい。

その気持ちが、原動力になっていきました。

お金の問題が解決してくると、

今度は、「安定」という単語への執着があります。

このまま、辛抱強く我慢すれば、何事もなく

人生をまっとうできるではないか。

でも、生きているのに、死んだように生きて

何が楽しいのだろう。

その頃、部屋を圧迫していた沢山の家具を手放すと、

なんだか、心が軽くなっていったことを記憶しています。

あんなに沢山のお金と時間を使って運び込んだ家具が無くなって

スッキリ。むしろ、無くなって良かったとすら思いました。

沢山のお金がなくても、むしろ、小さい生活の方が

身軽で気軽でいいじゃないか。

それを身をもって体感しました。

この頃から、私の気持ちは、加速するように

上に上がっていったような気がします。

私は、天国みたいな日本という国で、死んだように暮らしたくない。

のんびり楽しく、自分らしく生きていきたい。

そういう風に、変わることが出来て、私は、とても嬉しいです。