少しのお金で、気持ちが全然違ってくる時がある【大切なお金の使い方】

私の実家は、父方の本家になります。

父は8人兄弟で、下から2番目。

下から2番目だけど、一番結婚が遅く

一番最後まで家にいたから自然のなりゆきのようなもので

そうなったようです。

なので、私が物心ついたころには、

おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、

姉、私の6人家族でした。

お客さんが多いのは当たり前

そして、法事とか正月とか、事あるごとに

兄弟たちが、沢山来ていました。

20人とかはザラで、おじいちゃんが亡くなったとき

葬儀を葬儀場ではなく、自宅で行ったので、

その時は、50人くらいの人が家のどこかで寝ている。

そんな現象も、ごくごく普通の光景として

生きていました。

その度に、長男の嫁でもない、母がてんてこまいになって

料理やら寝具の世話やら片づけをこなしていました。

それを当たり前のように見て生きてきましたが、

自分が大人になって、母は随分と苦労をしたんだなということが

身に染みて分かるようになってきました。

ちょっとした気遣いで人の気持ちは救われる

そんな母も、60代後半。

元気そうに見えても、やはり無理をするとすぐに疲れてしまいます。

おじいちゃんも、おばあちゃんも20年前に亡くなりましたが、

本家の名残は、まだ色濃く残っており、

何かある度に、沢山の人が寝泊まりしています。

先日、長女の旦那さんが亡くなった際も、

実家に沢山の人が泊まったらしく

母は「もう年だし疲れたわー」と言っていました。

でも、三女のお姉さんだけは、母に気遣ってくれて、

帰りがけ、お金を渡してくれたそうです。

それが、母は、もの凄く嬉しかったのだそうです。

他の兄弟たちは、本家だから当たり前という顔で

なんの手伝いもしない人もいる中で、

金額うんぬんというより、「お金を貰った」ということが

心が救われる。

そんな感じがしたそうです。

感謝の気持ちを表現するためのお金も使っていきたい

母は、本家の嫁というだけで、

何の報いもなく、ひたすら雑用をこなしてきました。

「本家だから」「本家の嫁だから」

雑用をするのは当たり前。

そういう風に扱われるのは、

本当につらいものです。

でも、そこに「ありがとうね」と言って、

お金を貰う。

その行為と気遣いだけで、

母の苦労は報われるのだと思います。

お金って、確かに商品やサービスを買うための

便利なアイテムなのですが、

そういう気持ちを表現するためにも使える、

とっても素敵なものなんだと思います。

私は、今回、母からそういう話を聞いて

とても嬉しい気持ちになれたし、

母のことを気遣ってくれるおばさんが

大好きになりました。

人の気持ちって、そういう小さな些細なことで、

嬉しくもなり、感激するものです。

私も、これから、お金を大切に使いながら、

感謝の気持ちを表現するためにも

使っていきたいと思いました。